万年筆の調整-ペンクリニックレポート-

年に一度のペンクリニック

ペンクリニックとは,ペンドクターと言われるペン職人が,全国各地を回り,万年筆の修理,調整を行っているイベントの事である。部品交換などになるともちろん実費負担が必要だが,調整だけならば無料である。

セーラー万年筆,中屋万年筆,パイロットなどがペンクリニックを開催している。

調子が悪いペン

画像(ウォーターマンC.F.とプラチナのシープ)

今回調整をお願いしようと思うのが,プラチナ万年筆のシープとウォーターマンのWatermanC.F.である。筆記角度が合っていないのか,ペン先がおかしいのか分からないが,共に自分の筆記角度で書こうとしても,上手くインクが移らない。

セーラー万年筆のペンクリニック

画像(ペンクリニックの告知ポスター)

今回,お世話になるのはセーラー万年筆のペンクリニックである。ペンドクターは川口氏。その他にも,「万年筆の神様」と呼ばれる長原氏という職人がいらっしゃる。わが地方では,毎年この時期の2日間のみの開催のようで,これを逃すと1年間チャンスが無い。昨年も行きたかったのだが,就職活動と重なったため断念せざるを得なかった。卒業で,地元に帰る前の最後のチャンスである。

緊張

大学生と言う特権を生かして,平日金曜日の午後に向かった。見慣れた万年筆売り場では,先客がいた。忙しい様子は無く,その方とずっと話し込んでいた。恥ずかしながら,なかなか声を掛けれずにいた私は,その一角をちらちらと様子を覗いなが,立ち読みなんかしていた。そんな事をしていると,この時間とばかりにドクターは食事に出かけてしまった。

帰ってきたら一番に,と意気込んで本屋を俳諧。先生が戻っていらっしゃるのを確認して恐る恐る声をかけた。「どうぞ」と席に案内され,後は,先生に全てを任せる。

アンケート

「良かったら書いてください。」とアンケートの記入を求められる。私は,自分の万年筆を取り出して書き始めた。記入内容は,住所,氏名,電話番号,調整をお願いするペンのブランド,調整箇所,ペンクリニックを知ったきっかけ,DMを希望するかなど。川口氏は,私のペンの動きをじっくり見ているようで,緊張の余りペンが震えてしまった。

ペンの調整

記入後,「お願いします。」とアンケートとペンを取り出す。自分の筆記角度に合わない旨を伝えると,
川口氏:「左利きの人はねぇ,万年筆は難しいよねぇ。やっぱり書きにくいやろ?」
私:「はい。そうなんですよ。」
川口氏:「左利きの場合は,特に下から上にはねたりする文字になると難しいんだ。 」
私:「レフティってあるじゃないですか。実際に有効なんでしょうか?」
川口氏:「うん,ちゃんと左利きで書く場合を想定して計算して造っとるからな。」
川口氏:「(ウォーターマンを手に取り)ちょっと待っとき,研いでやるからな。」
(数秒後)
川口氏:「ちょっと書いてみて。」
私:「えっ!うそ。」
何が起こったかと言うと,このわずか数秒のやすりの上での研ぎとフィルムを使った切り割の調整だけで,私の筆記角度にジャストフィットしたのである。思わず半笑いでしまりの無い顔になってしまう私。
私:「すごい。すらすら書けます。」
川口氏:「な,見違えるようになっただろ。」
試し書き用のメモ用紙にいろいろな文字を書いてみた。定番の「永」からアルファベットのブロック体に筆記体。名前に,ぐちゃぐちゃな線。全てにインクが付いてきて気持ち良い。まさにゴッドハンド。川口氏は続いて,プラチナのシープを掴み,ペン先のとぎと切り割の調整を行ってくれた。
川口氏:「これは,ペン先が開いてしまってるな。」
と,さらに調整を続け,
川口氏「これで書いてみて。直ったから。」
と渡してくれた。もう笑うしかなかった。どんな文字でもすらすらと書けるのである。
私:「素晴しいです。完璧に改善されました。」

今回せっかくなので,どのように調整するのかを盗んでやろうと,目を凝らして氏を観察していたのだが,無理だと判った。やすりの上での研ぎとフィルムのような物での切り割の調整と掃除だけで改善したのだが,私もそのくらいなら挑戦した事がある。しかし,思ったように改善できなかった。氏の手にかかれば一変,見違えるように改善してしまった。これは万年筆を知り尽くした人で無いと無理だろう。調整後,氏はレフティについて
川口氏:「レフティも一度試してみると良い。 」
川口氏:「(近くの社員さん?に)おい,今日レフティ持ってきとったかの?」
社員さん:「いえ,無いです。ここにも在庫が無いようです。」
川口氏:「ここにレフティを置かせるから,またおいで。」
と話してくださった。とても優しい方のようで,私の前に調整を頼み,取りに来た方がいたのだが,とても親しく喋っているのを見て,私もいろいろ伺いたい思っていたが,私が調整していただいている間に,調整待ちの方が増えていたので,独り占めするのはまずいと失礼することに。最後に,
川口氏:「大事に使ってやってください。」
と声をかけていただいた。本当に素晴しい一日だった。

画像(調整前の万年筆)
画像(調整後の万年筆)

調整前と調整後のペン先の画像である。見た目にはさっぱり分からない。しかし,劇的に改善されたのである。特に,ウォーターマンC.F.については,30度くらいにまでペンを倒さなければ,筆記できなかったのが,私が気持ちよい筆記角度でインクが出るようになった。しかも,アンケートに記入する私の筆記癖を見ただけで。

地方在住と言う事もあり,なかなかペンクリニックに参加できる機会が無く,今回参加できてとても良かった。地方でも頻繁に開催されたら素晴しいのだが,一人で何人ものペンを見る(それも無料で)のは大変な労力だろう。やはりご自愛されることを第一に考えていただきたい。

最後にどうでも良い情報を一つ。川口氏の左手の腕時計に注目してしまった。ブランドは,タグホイヤー。ベゼルのような物が付いていて,一部が金だと言う事は確認できた。リンクシリーズだろうか。

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